家政婦の私が、奥様の遺言を読みます 【第8話】 歳は四十くらいだろうか
その手は、一枚の紙を固くにぎっていた。失礼します。
家政婦の私が、奥様の遺言を読みます 【第8話】 歳は四十くらいだろうか のあらすじ
その手は、一枚の紙を固くにぎっていた。失礼します。これを置かせてください。でも、本当に大事なことは、ぜんぶ、この声と、このノートに。
ここまでのあらすじ(第1話〜8話)
【第1話】 ここからお一人ずつお返しいたします 九十九家の座敷。財産を奪い合った一族が、顔を真っ青にして座っていた。タカさん、おはよう。今日もいい朝ね。紅茶をいれてくれる。ねえ、だからいくらなのよ。さっきから、それを聞いてるの。
【第2話】 悠介の声がまた聞こえる タカは目を閉じ、また手を動かした。聞こえないふりをするのも、家政婦の仕事だ。なぜ『ぼけていた』ことにしたいのか。タカには、まだ分からない。刻一刻と時間が過ぎ、夜になった。葬式の一日が、ゆっくり過ぎていく。
【第3話】 家族の席に座らせるわけにはいかないわ 夕方、葬式の列のそばに立っていると、里子さんが、タカをちらりとも見ずに言った。三十五年もいる。母さんのことを、いちばん知っている。翌朝。タカは、奥様の茶碗をていねいに洗っていた。
【第4話】 欠けててもこれがいいの 茶碗を洗っていた手を止めると、水がぽたりと落ちた。玄関に四人が、ずらりと一列に並んで待っていた。タカはまばたきもせず里子を見た。背すじはのびたまま。
【第5話】 この人も煙にまく気だ 玄関が、しんと静まりかえった。亡くなる三日前。奥様は、タカの名前を呼んだ。お、おれは、何も知らないから。本当に、何も知らないんだ。
【第6話】 本当によく笑う子だった 透がまた下を向いた。玄関の空気が、ふっと止まる。奥の物置。三十五年いて、残されたのはそこだった。はじめてこの家に来た日。タカは、まだ十七歳だった。
【第7話】 でも今その言葉が腑に落ちた 三十五年。長かった。でも、あっという間でもあった。タカさん。少しの間だけ、席を外していてくれるかしらね。すぐ済むから。布施タカ。五十二歳。わたしは、ただの家政婦だ。
【第8話】 歳は四十くらいだろうか その手は、一枚の紙を固くにぎっていた。失礼します。これを置かせてください。でも、本当に大事なことは、ぜんぶ、この声と、このノートに。